月夜見
   
“待ち遠しいねvv”
         〜大川の向こう

 
観測史上初とか、歴史上に例のないとか、
最高気温の数値でも猛暑日の連続記録でも、
累積降水量でも突風被害でも
大人たちをさんざんあたふたさせた
波乱混乱の夏が過ぎゆきて。

 「俺、ピアニカの課題曲、
  間違えないで出来るよになったんだぞ。」

 「おおー、凄げぇ。」

カレンダーをめくると同時に、新学期も始まり。
学校が始まった子供たちも少しずつ通常運転かと思いきや、
まだまだ残暑が厳しいので当分は短縮授業なその上、
九月・十月は 行事も多けりゃ祭日も多く。
その結果、
昼間ひなかに子供らがそこいらの辻にあふれているという、
夏休み中とあんまり大差ないような風景も相変わらずなため。
まだまだ暑いことと一緒くたになって、
悪夢だった炎夏を依然として引き摺っている感もあるけれど。

 「運動会前のプールの会で、俺、平泳ぎすんだぞっ。」
 「…おや。」

水色のアイスを齧りつつ、坂の上の公園までを一緒に歩いていた、
そりゃあ腕白な小さなガキ大将の一言へ。
道場での鍛練は夕方からなのでと、
午後遊びに付き合っておいでの、いが栗頭の剣豪少年が、
ついつい大人みたいな合いの手を打ってしまったのも無理はない。

 「ルフィ、お前 泳げたっけか?」

大きな川の中州という、周囲を水に囲まれた里ではあるが、
だからこそ、子供らの水遊びには厳しい禁忌のある土地で。
単に流されては危険だからというのの他に、
川を利用しての漁だの運送だのといった大人たちの仕事場でもあったため、
邪魔になるし水を汚すなという意味合いからも、
滅多なことでは近づくなという説教まがいの“怪談”には事欠かなかったし。
今でも回船運搬やら取水関連の大人たちが水際には多数いるため、
川の傍だから、イコール泳ぎが達者とはいかない土地柄であるし。

 それ以上のこと、
 何か呪いでもかかってんじゃなかろうかと言われるほど

他の運動は何でもこなせる腕白が、
どんな名人のどんなアプローチでかかっても、
ただ水へ浮くコツさえ身につけられない。
ビート板を持ったまま溺れかけた話もあるほどで、
もはや中州の里の七不思議だと、大おとなまでが首をかしげるくらい、
筋金入りの金づちだったはずなのにね。
この頃では日の半分ほど一緒にいられなくなって久しいけれど、
それでも彼の方から何でもかんでも話してくれてのこと、
ルフィの近況なら親御以上に詳しいと言われるくらい、
一番に付き合いのある自分さえ知らなんだことだけに。
そんな大事なことへの奇跡を
よくもまあ話さずにいたなぁという想いもあって、
珍しくも何でだ何でとゾロの側から掘り下げて訊いたらば、

 「うっとな? 途中で足ついてもいいんだって。」
 「それでも、足がつかない風に泳げもすんだろ?」

うんっと大きくうなずいた笑顔の、何とも晴れがましかったこと。

 あんなあんな、
 レイリーのおっちゃんがな、
 水ン中で歩いたり走ったりする方が
 キンニクつくぞって教えてくれてな。
 そいで、ラジオ体操の後のずっと、
 ほら、ゾロが とーきょの道場で やっとぉしてる間とかに、
 シャッキーがついってってくれて、
 ガッコのプールでいっぱい歩いてたんだ。

 「…ああ、あの時。」

剣道の小学生の部の全国大会があって、
都心のほうの親戚筋の道場に、世話になってた期間が
そういや八月半ばに何日かあったっけ。
毎年のことだし決勝はルフィも見に来ていたのだけど、

 「シャッキーとな、
  出来るようになるまでゾロには内緒なって決めてたんだ。」

 「それは“歩くの”をだろ?」

低学年用の浅い方とはいえ、一応は競泳用仕様のそれだから、
小柄なルフィでは腰まで水深もあったろに。
15mコースをわっせわっせと何往復もしたそうで。
そんな練習中に、

 『時々ね、
  プール際に掴まって
  足がつかれた〜って全身を延ばしてたら、あら不思議♪』

下手に力むことなくの、ぼや〜んと浮かんだのがよかったか、
掴まりながら浮くという最初の一歩が出来るようになったものだから。
そこからはそうそう手古摺ることもなく、
水の中での追いかけっこを大股でとか、
ホップステップジャンプをしてご覧とか、
浮力と仲よくなる遊びを一杯した結果、

 「ビート板掴んでなら、
  バタ足とカエル足とが出来るようになったんだな♪」

それは誇らしげに“にゃは〜”と微笑ってそう言ってから、
急に表情をあらためると、

 「まだマキノにもエースにも、シャンクスにも言ってないから。
  ゾロが一等最初だからな?」

プールの会まで内緒なと、鹿爪らしいお顔になって言う彼だけれど。
今日の晩ご飯のおりにでも、辛抱し切れず自分から言っちゃうことは、

 “確実だろな。”

そこはそれこそ付き合いの長さから、
ゾロにもすぐさまピンとくること。
というか、今のこの告白こそ、
黙ってられなくて とうとう口外しちゃった…というところかと。

  ただね、あのね?

その順番として、ゾロが“一等最初”というのは、
そこはやはり何というものか、

 「……。////」

意志の強さをたたえていつもいつも引き締まってる口元が、
ついついたわんでしまいそうになる剣道少年だったりし。

 “いかんいかん。”

そんなことだから、
姉のくいなに何でも見透かされるのだろうなと、
自分の未熟さを噛みしめる、
こちらもこちらで、なかなかに可愛いところもおありな、
小学生の部 通年チャンプのまだまだ小さな剣豪殿。

 なあなあ、東京でオリンピックあるとき、俺らも出れるのかなぁ。
 そりゃあ7年あとだもん、余裕で出られるさ。

こないだ発表された、
一番近い未来の、世界一大きな大会の話を持ち出す坊や。
十分出場圏内の歳だぞと言われ、
おおおと大きく目を見張りながら無邪気に笑って、それからあのね?

 「じゃあ俺、水泳頑張るっ。」
 「……ちょっと待て。」

せめてサッカーとか体操とか柔道とか。
えー? だってシャッキーが“筋はいい”ってゆってたぞ?と、
罪のない眸が大きな夢を語る頭上には、
赤いの青いのトンボが数匹、少し低めに飛んでった。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  13.09.12.


  *実は別の話を唐突に思い起こしたのですが、
   そっちは少々準備が要りそうなので、
   まずは“五輪招致おめでとう”ネタを一発vv
   7年後かぁ。
   大人たちには、案外とあっと言う間なんだけど、
   子供たちの7年は長いよね。
   本人たち自体も見違えるしね。
   ホント、楽しみですvv

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